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kokoro2007(のぞみ)

Author:kokoro2007(のぞみ)
いつも前向きに生きることを目標にしています。   創価学会員として感謝の日々を送っております。  この1ページをお役に立ててもらえたら、こんなに嬉しいことはありません。             どうぞよろしくお願いします。                       

                                       


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 沖縄では、苦しむ人を見て、他人事のような言い方はしない。チムグリサン(私の心が痛む)――あなたが苦しんでいると、私も本当に苦しい、と言う

▼入院した後輩のところへ、高校時代、寮生活を共にした先輩が駆けつけた。先輩は後輩の家族に言った。「私は、お見舞いに来たのではありません。彼と同じ病を経験した一人として、彼が死を連想させるこの病から逃げず、真正面から闘えるよう激励に来たのです」

▼先輩自身、この病を4度、克服。壮絶な闘病体験を通して、後輩の体の全細胞に「勝利」の二字を刻むがごとく励ました。「僕は君の応援団長であり、戦う同志だ! 一緒に病に勝とう! そして、生命の力の偉大さを示そうよ!」。熱い心に涙した後輩は、病気克服を真剣に祈る日々だ

▼同苦することは難しい。だが、もし自分が相手の立場だったら……。この想像力を働かせる努力だけは惜しむまい。その努力が相手の心の窓を開く。日常生活に追われると、自分でも気づかないうちに他人事になっている時がある。その心を、相手は敏感に察知する

▼「一切衆生の異の苦を受くるは悉く是れ日蓮一人の苦なるべし」(御書758ページ)。この御精神に、どこまで迫れるか。精進の日々でありたい。(川)

 1969年(昭和44年)11月、創価大学の設立審議会委員との懇談会で、創立者の池田会長(当時)は、参加者に“あるもの”を贈った。それは、大学の建設現場から出土した500万年前のものと推定される「埋もれ木」だった

▼長い眠りから覚めた埋もれ木は、漆器などに生まれ変わる。職人の手で新たな命を吹き込まれ、再び深い気品を保ちながら、趣のある輝きを放つ

▼仙台市の埋もれ木細工職人と懇談したことがある。埋もれ木を使った作品は、刃物で削り、つや出しに漆を塗るが、その直前の「研ぎ」という磨き作業に作り手の腕が問われるらしい。人の目ならごまかせる程の磨き残しも、漆を塗れば、粗は歴然とわかってしまうという

▼職人いわく、「手抜きを糊塗する技術を考慮した製造方法では、本物のもの作りの精神に磨きがかからない」。本物を作るうえで、寸分でもごまかしがあれば、「時」に耐えることはできない

▼教育とは、いかなる人生の艱難辛苦があろうと、それに耐え抜き、勝ち抜く力を養うことであろう。そこに“手抜き”があれば、人材は育たない。一人として、不幸の闇に埋もれさせはしない――そうした創価教育の理念と実践に、今、世界の多くの識者が期待を寄せる。(城)
長年、がん患者に接してきた医師が語っていた

▼ある患者から、「先生は、いつも私に『頑張りましょう』と言うけれど、私は、もう十分に頑張ってきた。これ以上、どうすればいいのか」と指摘され、表面的な“言葉だけの励まし”であったことを猛省。医師である前に一人の人間として、同苦の心を忘れてはならないことを実感したという

▼仏典には“仏は少病少悩”とある。悩みや苦労がない人間に、他人の苦しみは理解できない。自分自身にも病気や人生の悩みがあるからこそ、苦しむ人々に真に寄り添い、立ち上がらせていけるのではなかろうか

▼今、各地の座談会で、体験談が生き生きと語られている。子育てや人間関係など、さまざまな苦難と戦いながら、明るく前進する創価の友。その言々句々は、現実の生活闘争ゆえに重く、その励ましの姿は、地域の依怙依託と光る

▼戸田第2代会長は叫んだ。「貧乏人と病人を救うのが本当の宗教だ。学会は不幸な人の味方だ。いかに嘲笑されようとも、その人たちのために戦うのだ」と。ありのままの姿でよい。わが人生を戦い抜き、同苦の心で人々を励ます。苦労は買ってでもする――。それが人生を勝利し、社会に幸せを運ぶ根本の生き方と知りたい。(立)
 先日、開催された韓国と九州の青年部による「韓日青年師弟勝利総会」。その模様が、九州全県の青年部の大会で放映され、反響を呼んだ。集ったのは、全体で10万人の若き精鋭。青年のみなぎる情熱こそ、時代変革の大きな力となる

▼宮崎のある男子部副部長の活動報告。真剣な祈りで、本年4月、希望通りの就職を果たした。その喜びを支部総会で語ると、部員から「僕も悩みがある」と

▼共に祈るうち、かつての目標を記したメモが、ふと目に入った。以前は自分のためだった祈りが、いつの間にか、部員の幸せを願う祈りへと変わっていた。「人のために祈れる自分になったことが、最高の喜び。その証しが、このメモです」と

▼「人のために、社会のために生きる」。中国・西南交通大学の何雲庵副学長も、『香峯子抄』で感銘を受けた池田家の“家訓”の一つとして、この言葉を挙げていた。科学技術が発展すればするほど、人類が心していかねばならない点――何副学長は「道徳的人格が、いやまして必要」と指摘する

▼広宣流布の活動とは、人のために尽くす創価の運動である。“一対一の対話こそが時代を開く力”との誇りと自覚を胸に、きょうも悩める友のもとへ、さっそうと足を運ぼう!(誼)

吉田松陰の没後150年を記念して建設された、山口県萩市の至誠館を見学した。松陰の遺墨を中心とする展示品の中で、特に胸を打たれたのは「福堂策」。密航に失敗して投じられた野山獄で記された小論文である

▼彼は囚われの身となっても、落胆するどころか、野山獄を「福堂」に変えようと情熱を燃やした。福堂とは、「智者は囹圄(牢獄)を以て福堂と為す」との中国の古言によるもの。罪人を、いたずらに苦しめる場ではなく、教育して更生させる施設という考えだ

▼そして、獄中で「孟子」や「論語」を講義。時には、俳句の会などを催して、多くの囚人を改心させた。まさに、後世に輝く獄中教育の範といえよう

▼御書に「今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者の住処は山谷曠野皆寂光土なり」(781ページ)と。地域でも、職場でも、今いる場所を輝かせる――それが仏法者の生き方だ。最悪に思える状況にあって、最高の実証を示すところに、信仰の醍醐味もある

▼「我が一念、我が境涯を変えることで、一切を幸福へ、幸福へと変えていける」と池田名誉会長。直面する悩みや課題は、すべてが“人間革命の糧”。そう確信すれば、生命の躍動が始まる。さあ、希望に燃えて前進!(誠)

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