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kokoro2007(のぞみ)

Author:kokoro2007(のぞみ)
いつも前向きに生きることを目標にしています。   創価学会員として感謝の日々を送っております。  この1ページをお役に立ててもらえたら、こんなに嬉しいことはありません。             どうぞよろしくお願いします。                       

                                       


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ある青年部員との再会に、信仰者の生命力は、なんと強靱かと感動した

▼12年前、同乗した知人の車が大事故に。「全身打撲、脳挫傷……」。医師の説明は想像を絶したが、家族は彼の蘇生を信じて疑わない。代わる代わる耳元で題目を送り続けた。意識不明から35日、ついに彼は目を覚ます。しかし、大変なのは、ここから

▼損傷した脳は、10分前のことを覚えていない状態。気の遠くなるリハビリは数年間、続いた。やがて、執念が実を結び、日常生活までは戻れた。「次は社会復帰!」と就職活動に挑戦

▼そんな一家を支え続ける人がいた。大手食品会社に勤める壮年部員が、上司に掛け合っていた。「素晴らしい青年です。必ず立派な仕事をします」。直談判は5年間に及んだ。そして面接、採用となった。「青年の勝利に尽くすことが、わが家の宿命転換につながります」。実は、壮年の息子さんも、障害と闘っていた

▼中国の白楽天は詠んだ。「行路難/水に在らず/山に在らず/只だ人情反覆の間に在り」(『中國詩人選集』岩波書店)。前進を阻む壁は、険しい山河の環境ではなく、自身の逡巡する心。不動の一念で勝利へ歩み抜いた彼と、支えた友が編んだ栄光のドラマは、それを教えている。(城)
秋も深まり、一気に冬が近づいてきた。雪が降り始めた地域もある。本紙を配達する“無冠の友”の皆さまの無事故を心から祈りたい

▼岡山県の山間地域。ある時、“無冠の友”の婦人が、新しい読者宅に配達へ赴いた。ところが、家主は血相を変え、「今は、新聞なんて読みたくもない!」。婦人は勇気を出して尋ねた。「どうかなさったのですか?」。聞けば、最愛の妻を病気で亡くし、やり場のない、つらい気持ちでいっぱいだった、と

▼「私にも、そのお気持ちは、よく分かります」。実は、彼女も2年前の暮れに夫を事故で亡くしていた。「深い悲しみのどん底で心の支えになったのが、この新聞なんです。生きる勇気と希望がわいてきます。ぜひ、読んでみてください」

▼かつて池田名誉会長は語った。「せっかく心の中で思っても、何もしない、何も言わないのでは、慈悲とは言えない」「いざというときに、勇気を出せる人が、人間として一番尊い。勇気こそ仏法の真髄である」

▼“この人を幸せの軌道に!”との、やむにやまれぬ思いは、必ず通じていく。先の家主は、その後、本紙を長期で購読し、創価の運動の良き理解者に。勇敢に一歩を踏み出そう! そこから新たな勝利劇が始まるのだから。(奨)
 「中堅社員に求める最も重要な役割は『後輩の育成』が72%」。その一方で「育成を『遂行している』中堅社員はわずか3%」――本年5月、産業能率大学総合研究所が発表した「中堅社員の現状に関する調査」の結果だ

▼企業のトップ、あるいは人事担当が求めている中堅社員のあり方と、実際の状況に、大きな隔たりがあることが、うかがえる。「今後、導入あるいは強化したいこと」の項目でも「次世代リーダーの育成」が36%でトップだった。今や「育成」は、時代のキーワードだ

▼どんな組織でも、一方通行の「号令」だけでは、人は成長しないものだ。新任の後輩は、先輩から見れば、どことなく頼りなく、力不足に感じることがあるかもしれない。しかし、自分の時はどうだったろうか。思い返してみれば、慣れない立場や環境で、必死に挑戦したのは、同じでなかったか。大事なのは、後輩を「信頼」し、どこまでも「一緒に」成長していこうとする姿勢であろう

▼池田名誉会長は「どれだけ、後輩を大事にし、人材を育てたか。この一点にこそ、単なる『権力者』であるか、優れた『指導者』であるかの違いがある」と。拡大・発展といっても、相手をどれだけ親身になって「育成」したかによって決まる。(行)

 米沢藩主・上杉鷹山の師匠でもあった江戸時代の儒学者・細井平洲は、私塾・嚶鳴館を開き、多くの人材を世に輩出した教育者でもあった

▼入門に当たっては、武士だけでなく、広く庶民にも門戸を開いた。教育の機会をすべての人々に開放した平洲は、「教学の道はまづ良師を求め、良友を撰み申す事」(『嚶鳴館遺草』)と述べている。身分の違いを超えて互いに高め合う友が、同じ師匠のひざ元に学ぶ。これが、平洲の理想とした教育の在り方だった

▼人は教育によって人となる。日蓮大聖人は、「人に眼や耳が備わっていても、物を教える師匠がいなければ、それはなにもならない」(御書1248ページ、趣意)と仰せである。平洲がそうであったように、人間を人間たらしめる教育の根幹は、優れた師匠の存在と言えよう

▼学会はまさに“校舎なき学校”だ。池田名誉会長の指導のもと、皆で人生の目的や仏法哲学を学ぶ。お互いに切磋琢磨し、人格を磨く。そこでは、年齢や社会的立場の違いなどは、まったく関係ない

▼「嚶鳴」とは元来、中国最古の詩集「詩経」に出てくる言葉。鳥が仲間を求めて鳴き交う意味だ。私たちも宝の同志と励ましの声を掛け合いながら、共々に崇高な師弟の道を前進したい。(弘)
 山と河。二艘の舟――東山魁夷画伯の名作「静映」が目を奪う。そして「会うべくして、人は出逢う。」の文字。池田名誉会長の小説『新・人間革命』の第20巻が発刊され、全面広告が各紙を飾った

▼もしあの時、あの人と会わなければ……。そういう自分史が誰しもある。人生とは、出会いの折り重なり。ゆえに人は、人の縁を思う。会うべくして、人は出逢う、と

▼東山画伯にも、絵の道に導く出会いがあった。神戸の中学時代、国文法を受け持った先生である。東山少年の絵に非凡さを認めた先生は「将来、画家になるのか」と聞いた。「いいえ」と少年は返した。不安定な生き方で、母を悲しませたくはないと、志を胸にしまっていたのである。先生は「そうか」と一言

▼しかしある日、手にした文法のプリントの余白に、先生の思いが綴ってあった。「絵に志さんとする子あり 母ありとてたじろぐ……されど わが心 ために暗し」。この出来事が画伯の心に大望の炎を点した(『私の履歴書』第25集、日本経済新聞社)

▼原点の出会いを持てる人生は幸せである。まして、生涯を通して、正道を教えてくれる師匠の存在が、どれほど尊いか。創価の師に連なる喜びが、わき上がる。さあ「創立の月」が始まった。(飛)

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