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kokoro2007(のぞみ)

Author:kokoro2007(のぞみ)
いつも前向きに生きることを目標にしています。   創価学会員として感謝の日々を送っております。  この1ページをお役に立ててもらえたら、こんなに嬉しいことはありません。             どうぞよろしくお願いします。                       

                                       


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 数学者の藤原正彦氏が、小学6年生の算数の授業を依頼された折のこと。氏は生徒に問いかけた。厚さ0・1ミリの新聞紙を半分に折る。その新聞紙を再び半分に折る。何回も続けると、どのくらいの高さになるか?(『この国のけじめ』)

▼一瞬、たいした数字にはならないと思ってしまうが、実際に計算してみると、26回目で富士山の高さをはるかに超えてしまう。42回目には、地球と月の距離を超える

▼「ティッピング・ポイント」という言葉がある。小さな変化の積み重ねにより、すべてが一気に変化する「劇的な瞬間」のこと。先の例が示す通り、わずかな変化であったとしても、その連続は、やがて大きな結果へと結びつく

▼「広布拡大」のための重要な変化――それは「自身の成長」だ。惰性や慢心を排し、たとえ“0・1ミリ”でも、前進を続ける。自らの一念の変革から、「壁」を打ち破る歴史の回転は始まる

▼小説『新・人間革命』に「“時代を開く”“歴史を創る”といっても、特別なことではない。一人ひとりが自分の決めた課題に挑み、今日を勝ち抜くことです」(第12巻「新緑」の章)と。広布の舞台は皆が主役。私の勝利が、広布の勝利! その確信で、一人一人が日々の地道な実践に挑みたい。(芯)
設計事務所を開設したものの、仕事の依頼はなし。それでも、夢いっぱいの青年に悲愴感はなかった。腕を磨こうと、仕事を受けたつもりで図面を引く。そうめんで模型を作っては壊し、ゆでて食をつないだ

▼のちの世界的建築家・黒川紀章氏の青春期だ。氏が『わたしの失敗』(産経新聞出版)につづる苦闘の日々は、失敗などではなく、未来に飛翔するための負けじ魂を培う軌跡だったに違いない

▼不遇は、失敗どころか、自身の一念次第で、幸福境涯へと変毒為薬する起点になる――こう仏法では説く。池田名誉会長も「青春に、取り返しのつかない失敗など絶対にない」と。こうした不屈の信念と挑戦が、確固たる人生を築いていく

▼黒川氏が初期に手がけた公共建築物の寒河江市役所(山形県)に赴く機会があった。入り口に、岡本太郎氏が制作した照明がつるされていた。予算がないのに、大胆にも依頼してきた青年建築家の情熱に心打たれた大芸術家が快諾したのだという

▼青年の情熱に勝る変革の力はない。自身の使命を忘れない青年には、苦節も、苦境も、飛躍への“こやし”となろう。各地で奮闘する創価の青年たちの苦闘の一歩は、そのまま、創価完勝を目指す明年への力強い助走となっていく。(城)
「あなたの手にかかると 知床も 生まれ変わります」――96歳で世を去った国民的俳優の森繁久弥さんが、ある写真集に寄せた言葉

▼本紙の日曜付の企画に、好評連載中の「感動! 知床の自然美」がある。写真家の綿引幸造氏が四季折々に撮影した知床の風景写真を紹介している。3年前のこと。綿引氏は知床撮影の集大成の出版に当たって、尊敬し、親交のあった森繁さんに題字の執筆を依頼した

▼病み上がりの森繁さんだったが、力強い筆致で「美しい知床」と揮毫。続いて冒頭の文が寄せられた。訃報に、綿引氏は「本当に偉大な人はハートが美しい。森繁先生には人間そのものを教えられました」と語った

▼森繁さんは以前、本紙の「新春てい談」に登場された(91年)。その際、演劇は、人の心に眠る美しい心を呼び覚ます「アラーム(警告)」と強調。そして「本当の宗教も(可能性を開花する)『アラーム』」と

▼掲載直後の本部幹部会。池田名誉会長は、師の配慮で森繁さんの舞台を観賞した思い出を語り、名優の言々句々を、「人生の達人の言葉」と賞した。知床のしおかぜ公園(羅臼町)には、森繁さんがモデルの「オホーツク老人」像が立っている。寒風にめげることなく、人生の達人を目指したい。(杏)

釈尊の弟子・舎利弗の失敗話。鍛冶屋と洗濯屋が法を求めに来た。本来なら、金属を連打する前者には呼吸を整える修行を、清潔さを求める後者には命を清める修行を教えるべきところ。しかし、舎利弗は誤って、両者に逆の修行法を授けてしまう。二人は修行に励んでも手応えを得られず、仏法に不信を抱いてしまった

▼舎利弗の過ちの原因は、二人の仕事の内容をしっかり聞いていなかった点にあった。多くの修行法に精通した舎利弗でも、相手の状況を踏まえなければ、的確な指導はできない

▼友を思いやる時、単に「最近、どうですか」と尋ねるよりも、「外回りの営業は、もう慣れましたか」など、具体的な語りかけの方が、より深く相手の心に届くものだ。そのような一言も、日ごろから相手の近況に耳を傾けていればこそ、自然に出る

▼自分の話を聴こうとしない相手に、自ら胸襟を開く人はいないだろう。大勢の人の前で話す機会が多いリーダーにこそ、一人の声に耳を澄ませる姿勢が求められよう

▼真摯に聴こうとする人には、だれからも信頼と安心が寄せられる。相手の状況が分かれば、皆の幸福を具体的に祈ることができる。だから一人への励ましに徹する人は、万人を励ましていくことができる。(弘)

 松尾芭蕉が奥州(東北)などを巡って著した『奥の細道』。この旅から今年で320年になる。旅を終えた芭蕉が晩年、唱導した作風は、「重み」に対して「軽み」と呼ばれるものだった

▼出光美術館学芸員の別府節子氏は紹介している。当時の江戸では、俳句の師に点付けを請い、その点数で勝敗を競う“点取り俳諧”が横行。奇抜な言葉、作為的な趣向、観念的な表現……。芭蕉は、こうした句作を嫌い、日常生活の中に素材を探した。「平明な表現の中に高い境地を表す」作風を追究した

▼目線を、どこに置くのか。限られた人にのみ通用する表現では、時を超えた共感は得られない。「漢文」に格調があるとされていた鎌倉時代。日蓮大聖人は、庶民の門下にも分かるよう、あえて「かな文字」で書かれた御書を多く残された

▼先日、お会いした多宝会の婦人。今月末に実施される教学試験に挑む。「小学校も満足に行けず、読み書きが苦手で」と照れくさそうに。「でも、御書を研鑚して思ったんです。私のような庶民が学び、立ち上がることを、大聖人は望まれていたはずだって」

▼仏法は、万人に開かれた世界宗教である。民衆が生き生きと幸福に輝くためにある。さあ、きょうも「友のもとへ!」と歩みゆこう。(之)

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